メリッサ: この人はシニカル過ぎると思いませんか?
リャオ: たぶん、最初になぜ人がシニカルになるかを考えてみるといいでしょう。私の意見では、人は無視され無力と感じると、反応が皮肉的になることがよくあると思います。
悟: ときどき皮肉は一種の毒ではないかと思います。すべてを疑って信念なしで生きる事は、はるかに簡単なこと。だが、信念を持って、実際に信じるには勇気がいります
ティム: 皮肉的であることを気にしなくてもいいけど、あまりそれにこだわらないほうがいいでしょう。世界は広くて、いろいろな意味で私たちは無力です。  時にはシニカルであっても驚くほどのものではありません。
悟: 「疑い」と「信頼」は正反対のように見えるかもしれませんが、私は、それらが実際に手を携えて行くと信じ始めています。疑問を持つことは問題ないが、疑問は簡単に答えが得られるものばかりではないことを、覚えていなければなりません。そんな時こそ内に秘めた信念が重要なのです。

kyoiku-hanbai.co.jp - T Nyuufiiruuzu yori no E to Shi (Tsuchiya Melissa Yaku)

それにふさわしいシンボルを用いれば
「名門」のイメージは作り易い

中身はそれほど大事ではないが
マーケティングは一流でないといけない

スマートな広告を採用すれば
ただの教師は知識のある素晴らしい存在に見え
平凡な学生は創造的で輝いて見える

すべてはイメージの幻影である
それは市場の要求に応えることである

教育がピカピカに輝いて見えるのであれば
誰が中身を気にするであろう

教育が商品としてだけ考えられたならば
学校が学生を育てるために手間をかけるだろうか?