父と私父がまだ私に遇わなかった時父はどんなに寂しい若者だっただろう 青い真青い夕ぐれの海を まっすぐ沖を指して 泳ぐきよらかな若 者だったのだ 形のよい父の裸身が 抜き手をきって沖に向かう時 私ははっきりと見るような気がする 父が寂しく浴びた潮の味が ふと私の舌に肩に 触れるように思われる 私は知っている 父は本当は私に遇ったため この世の哀しさ切なさをずっしり 背負ってしまったのだ けれども父はそれ一度も後悔などしなかった 父は時々私に遇う以前の自分を思い越した あの秋の海のように 青く澄みきったさびしさを そのつど傍にいる私の手を しっかり握り直して 生きていった 私がその手を 降りもぎるまでじっと握って 父は死ぬとき 子供に振りほどかれた 自分の掌を 独り大事に握っていった 私に遇うために生まれた 自分を 深く深く信じていた
小川・アンナ (1983)
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Father & I
Before recognizing my existence
As his robust figure
In order to know me
Feeling the astringent, azure loneliness
Just before passing away
From the Ogawa Anna Shishuu
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