静寂に包まれた部屋に、ミンが一枚の原稿を指先でなぞる、かすかな音だけが響いていた。彼はしばらく紙面を見つめていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。その目は、ここではないどこか遠くを見ているようだった。
「これは……『スワンソング』なのかな?」
ぽつりと落ちた声には、去りゆくものだけがまとえる、かすかな哀愁と不思議な美しさが滲んでいた。隣では、玲亜が静かにカップを傾けていた。ところがその言葉を聞いた途端、彼女の眉がいたずらっぽく跳ね上がった。
「スワンソング?」
玲亜は大げさに首を左右へ振った。そして、まるで何かを捜索するように、天井、窓辺、壁際へと順番に視線を走らせる。
「えっ? この部屋のどこに白鳥なんて飛んでるの?」
あまりにも真顔で言うものだから、ミンは一瞬、何を言われたのか分からなかった。次の瞬間、肩が小さく震えた。張りつめていた空気が、ぱちんと弾ける。
「ははは……悪い」
ミンはとうとう吹き出し、苦笑しながら胸元に手を当てた。どうやら、言葉にちょっと羽を逆立てられたみたいだ」
「言葉に?」
玲亜が首を傾げる。
「そう。僕の中の白鳥が、少しばかり機嫌を損ねたらしい」
そう言ってミンは、照れくさそうに笑った。その笑顔には、もう先ほどまでの硬さはなかった。
玲亜も小さく笑い、カップを置いた。部屋には再び静寂が戻った。